株式会社EVENTOS
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Interview
代表取締役 川中英章さん、ケータリング事業部 店長 大下香穂理さん
広島市内中心部から北西方向へ。車を30分も走らせれば、緑豊かで空気が澄んだ戸山地区に着く。ここ10年ほどで飲食店の進出が進み、若い世代の移住希望者も増えているこの地区は、いわば「街からすぐに行ける田舎」として人気を集めている。そのトレンドのきっかけを作ったのは、地区西端「吉山」エリアにあるパスタ店「吉山BIANCO」と、レストランを併設した産直市「oishi(おいしい)吉山」だ。両店を運営する「EVENTOS」は、広島におけるケータリング事業のパイオニア。近年は食を通じた地域活性化というミッションを掲げ、チャレンジ精神のある社員を積極的に採用してきた。「地域になくてはならない会社」ひいては「人生を過ごす価値のある会社」。同社のそんなビジョンは、そこで働く人の言葉や姿勢に表れている。
顧客の思いをくみ取る、食の「プロデューサー」という仕事
同社が育成に力を入れているのは、「パーティーコーディネーター」という職種だ。どんな趣旨の集まりか、何人規模か、場所は…ヒアリングをして、場合によっては顧客と直接対面でニーズを聞き取り、キッチン担当者と相談しながら考案したメニューやセッティングなどを提案し、材料代など原価を計算、見積もりを作る。当日は現場でセッティングし、ドリンクのサービスも行い、片付けも見届ける。そんな仕事だ。
「プロデューサーであり、現場担当、ですね」。ケータリング事業部所属でパーティーコーディネーターでもある大下香穂理さんは言う。「業務の幅は広いのですが、お客さまの要望に寄り添い、思いをくみ取った提案をするというのは重要な仕事です。例えば女性が多いパーティーであれば揚げ物ではなく、デザート多めの方が喜んでいただけますね、といったような。パーティーコーディネーターの力量の見せ所であり、そこが我々の強み。思いを叶えるコーディーネーターがいるケータリング会社、それがEVENTOSです」

客のニーズは多岐にわたる。「ベジタリアンで」「ハラールへの配慮を」etc…。美味しいものはあれもこれも食べてほしいが、食材に制限がかかるとメニューに難儀する。「肉なしで予算は1人5000円」というリクエストには頭を抱えた。野菜だけでどうやったら満足度のあるコーディネートができるだろうか。「大きなお皿にフルーツを山盛りにして見た目のボリュームを出してみました。会場に入ってこられた皆さんが『ワーッ』と歓喜の声をあげてくださったのがうれしくて。外国の方の多いパーティーだったのですが、肉が入ってない野菜の煮物など、和のものも評価してくださった。日本でそんなパーティーに参加できてよかったと思ってくれたんじゃないかな」
痛い失敗談もある。宗教やアレルギーなどの理由で食べられないものがあるゲストがいる場合、料理に札をつけて食材を示すが、肉が入っているのに入ってないという表記をしてしまったことがある。ムスリムのゲストがハラールビーフという、イスラムの戒律に則って処理された牛肉と思って口にしたものを、主催者から「マークが間違っていた」とパーティーの後指摘された。「重大な食物アレルギーなど命に関わることではなかったですが、お客さまはハラールビーフだと思って安心して召し上げられた。そこに応えることができなかったのは大きな失敗です」
一度辞めたEVENTOS。新卒社員が見たものは――
苦い体験も含めて率直に、真っ直ぐ前を見据えて語る大下さんは、EVENTOSの新卒採用第1号。彼女は実は、一旦退職してまた戻ってきたというユニークな経歴をたどっている。「2023年に戻ってくるまで、17年間別の仕事をしていたんです」
カフェで働いたり、派遣でデスクワークの仕事をしたり。広島を離れてリゾートバイトのような、シーズン性の観光地でも働いた。EVENTOSに戻る直前は、広島の広告代理店勤務。食べることが大好きで、と新卒で入ったEVENTOSから、なぜ一度は離れたのか。

そこには、飲食業界に広く見られる、職人気質の年長者をトップとする徒弟制度的な空気があった。飲食産業だから、えらいのは調理の最前線にいる熟練のコック。料理も作れない若者が何か意見をしたところで聞き入れられなかった。「新入社員にとって、教えてもらえないって結構つらい。Aさんが正しいと言うなら、とにかくそれが正しい、もしそれが間違いだとしても、Aさんが言ったことが全て、みたいな世界観がまかり通っているところに疑問を感じたんです」
ある時東京のケータリング会社で研修する機会をもらった。そこで働く従業員の意識、マニュアル化された業務内容などに触れ「うちにはこういうのないな」と思った。「他のところならもっといろんなことができるんじゃないか、そう思って辞めることにしました」
社長の改心――「自分の会社の景色をよくしなければ」
当時のことを、川中英章社長は鮮明に記憶する。「ものすごく反省したんです。この人が辞めてから」。新人ながら臆せず意見する姿を見て、その「異質感」に好感を持った。プロとして育ててみたい。そう思って、東京にインターンシップにも行かせた。なのに…。「外の世界を見せることが大切だと思ったけど、外を見たら外の方が景色がいいから『さよなら』って。最初はもう、恨みましたよ」。今となっては笑い飛ばせる思い出だが、当時は深く悩んだ。「でもそれは社長として器が小さかった、ということ」。そして気づいた。「自分の会社の景色をよくしなければ」

新人の大下さんが見抜いた通り、飲食業界の「業界っぽさ」、つまり熟練職人をトップにしたヒエラルキーという体質に限界があることは薄々気づいてはいた。「料理出来なかったらただの作業員、みたいな考えが業界の常識として蔓延っている。料理できんのに意見を言うなんてダメ、みたいな。職人の世界ではそれが一般的ですよね」
川中社長自身も、ワインのソムリエとして自分を職人化していたと振り返る。「シニアソムリエになったりコンテストに出たり。自分なりに頑張っていたけど、結局、新卒の子すら受けとめる力がない。許容できる人が限られているんですよ。仕事で自己実現したいとか、自分の能力や持ち前を発揮したい人を追い出してしまう、職人の会社ってそういうところが多い。そうすると、いいと思う人、自分の頭で考えられる人はどんどん辞めていって、特段意欲もない、指示待ちな人ばかり定着するように」

未来を見据えて気付いた、飲食業の最高の「強み」
当時、組織としての限界だけではなく、自分の人生の未来すら見えないと感じたという。「私自身もずっとトップダウンでやってきてしまった。自分がいろんなところに行って、このワインが美味しいと思ったらそれを仕入れて、これを売れ、いくらで売れ、このコメントでいけ、と。それを続けた延長線上に、自分の生活はあるのか、会社を継いでくれる人が出てくるのか。うちは身内がいないので、M&Aされるか、社内から経営者を出すか、どっちかだろう。どんどん新卒が入ってきて、社員も成長していけば優秀な社員がいることが会社の資産になる。高く買ってもらえる。それもあるかもしれないが、そうじゃない。やはり社員から次の後継者を出したい。そう考えたらこれは変わらんといけん、と気づいたんです」

まず、自分が変わらなければ。そう悟った川中社長が、大下さんが去った翌年に始めたのが、吉山での事業だった。「業界の反対を行こうという発想の中で出てきたんですよ」
飲食店の成功は、立地が鍵とされる。普通に考えれば店を出すのはとにかく人通り多いところ。すなわち、家賃が高いところ。「数年前に閉めた市内中心部の店は、家賃が月80万円でしたが、80万円を払うためにどんなに忙しくして売り上げをあげてもなかなか黒字にならない。一方『吉山BIANCO』は、約3500坪で家賃は月1万5000円。年間一括で18万円払っているだけです」
なぜそんな賭けに出ることができるのか。理由は単純だった。「僕たちの仕事は、『目的地』になれるんです。それが飲食の最高の強み。それを発揮しなければ、って」
「目的地」になる仕事と地域活性化のロジック
美味しいものさえあれば、人はどこまででもドライブして来る。100円ショップができたからと言って遠くから通う人はいないが、食べ物屋は違う。「美味しい1000円のパンを買うために2000円の高速道路を走ってきますからね。現に、吉山に人が来ている。食べ物を扱う僕らの商いには人を集める力がある。どんなところでも目的地を作れる。だから人がいなくなって困っているところの役にも立てるじゃないかと。だから、そういうところを探してビジネスを作ろうと思ったんです。いたってシンプルです」
誰もやってないことをやる。食べるものは目的地になるから吉山でやる。しかし、なぜ他の店はそれをやらないのか。「みんな懐疑的なんですよね。都落ちだねとか色々言われました」。田舎に行ってびっくりするほど稼いで見せよう。そう誓った。そして利益を、人を育てて地域に貢献するために使う。「利益は手段で、目的は使い方。何にお金を使いたいかで必要な売り上げは決まってくる」
「利益」の働き方改革論
川中社長にとって、「利益」は働き方改革の一環でもあった。「休みを増やすとか残業をなくすことじゃない。すぐにちゃんと利益が出るビジネス、これこそがうちの働き方改革です。ちょっと働いたら、もう利益が出た、そのほうが絶対に働きやすい」

吉山での手応えは、少しずつ自信につながっていった。「最初に出店した時はかなり苦労して汗かいてボランティアして、地域のみなさんに信用してもらえる努力をしました。そうこうしていたら、ある地主さんが、所有する古民家をEVENTOSに借りてもらいたいと言ってこられた」
誰も知らなかった吉山でEVENTOS哲学が具現化
物件を提供してくれた地主さんの名前をもらって新設したのが、古民家をリノベーションした「Auberge甲便亭(オーベルジュ・こうびんてい)」だ。一棟貸切で、宿泊・宴会・法要などさまざまなシーンで使える特別な場所。縁を大切にし、地域にあるものをしっかり生かして大事にしたい。その屋号が、EVENTOSの哲学を体現している。

これまでの吉山での取り組みも、「oishi吉山」「吉山BIANCO」と、店舗名に「吉山」を冠してきた。すると住民から、「私たちの地域を一生懸命広報してくれている。将来は、新幹線に吉山のパエリアっていうお弁当載せてくれるんじゃろう」と言われた。そんな風に思ってくれている地元に対し、感謝の思いは尽きない。「今、広島で『吉山』の地名を知らない人ほとんどいなくなったけど、最初に来たときは僕だって知らなかった」。でも今では移住希望者がひっきりなしにやってくる人気エリアに。「もう30世帯以上移住してきた。今やウェイティングになっているそう」
自社のビジネスを持続可能な形に変革する。そして地域の活性化、ひいては広島の活性化に繋げたい。それが川中社長の願いだ。「うちの10年ビジョンは、人生を過ごす価値のある会社であること。そして地域に必要とされる会社であること。自分たちの地域にあなたの会社がいてくれてよかったと、広島におってくれてよかったわ、と言ってもらいたい」。目的地になりうる飲食を通じた地域の活性化、現在はそれを県外でも実践している。


吉山メソッドは広島を超えて
島根県中部、江津の山あいにある有福温泉。1000年以上の歴史がありながら、災害やコロナなどが重なって旅館の廃業が続いていたこの土地で立ち上がった官民連携の「有福温泉再生プロジェクト」への参加。レトロな温泉街にスタイリッシュなイタリアンキッチン「有福BIANCO」を2021年にオープンさせた。豊かな海の幸など、地産食材の料理を提供しつつ、温泉街全体のセントラルキッチンとして、旅館宿泊客に食事を提供する役割も担う。
「有福は、吉山以外で初めて自分たちがやったところ。成功できたら、他の地域でも同じようにやってフランチャイズ展開に近い形で展開できる」。新卒採用で内定を出したある若者はこう言った。「地元は山口の田舎、周りが耕作放棄地で、産業らしい産業も無い。父はサラリーマンを早く辞めて地域を守ろうとして農業をしているけど全然儲からない。EVENTOSみたいな会社があれば地域を何とかできる。10年頑張るからノウハウをください」。我社で学んだ社員がノウハウを手に入れ、自身の地域で事業を起こすという心意気を買い、採用した。「アメーバ経営的に広げることができたら」

離れていた間に、変わっていたEVENTOS
「みんなが集まれる場所を作る。野菜を全量買い取ることで農家さんがちゃんと暮らしていける。この地域の暮らしに寄り添う。それがこの会社」。17年のブランクを経て「もとさや」に収まった大下さんも、吉山での事業の意義をそう語る。
EVENTOSの広報担当者が退職すると聞き、広告代理店での仕事のスキルが活きるのでは、と「復職」を決めた。「EVENTOSという会社がすごく変化しているのを細々と繋がっている中で感じていて、特に若い社員が生き生きとしていた。広告代理店で働いていてある仕事でEVENTOSと関わったときも、『お弁当良かったら持って帰ってくださいね』と声をかけてくれて。優しさを感じました。当時の私はそんな思いにはなれなかった。会社としてすごく成長した、変わったんだなっていうのを目の当たりにしたんです。私はもう社員ではないのにEVENTOSで働いている人たちの笑顔に喜びを得たというか。社員を大事にする方に社長が舵を切ったのだと思います」

戻って1年で、社員投票による「最優秀社員賞」を受賞した大下さん。授賞式の場で、川中社長から「君が戻ってきてくれて本当に良かった」と言われたことが心に残っているという。従業員60名、平均年齢30歳の会社で、気づけばもう中堅以上。仕事を任されている喜びとともに重責も感じる。今は後輩の育成に取り組む。ゲストの声を、しっかりキッチンに伝えることを心掛けている。「ここを褒めていたよと具体的に伝える。それがモチベーションに繋がると思って。お皿に盛りつけたら終わり、ではなくて盛り付けするときにも、お客さまの顔を思い浮かべてほしいし、そこに喜びを感じてほしい」。現場も楽しいが、今はケータリング事業部の店長として従業員にどう楽しい一日を過ごしてもらうか考えを巡らせることに喜びを感じる。「今年新入社員が2人入ってきたので、まずは彼らに教える。そして来年は彼らが次の新入社員を教える。そんな仕組みを今作っています」
会社を使って、やりたいことを叶えられる会社
一度は離れた会社。だけど、今はここでしかできない仕事があると感じている。「EVENTOSは、自分がやりたいことを叶えさせてくれる会社。お店があったり、畑があったり、ケータリングの部門があったり、いろんな拠点を自由に使って、やりたいことをやっていいよって言ってもらえる会社です。なので逆に、やりたいことがない人にはしんどいかもしれないですね」

迷いながらも、いろんな世界を見てみる。そしておのずと見えてくる道がある。あのまままっすぐEVENTOSにいたらどうなっていたかわからないが、離れて戻ってきたからこその自分に誇りを持っている。「1カ所に勤めているだけだと見える世界は限られる。ちょっとずつだけどいろんな場所でいろんな人と触れ、いろんな働き方を見て私の中の引き出しを増やすことにはなった」。その引き出しが、多様なニーズに対応する力にも着実になっている。
食べることが好きで飛び込んだ業界。「食べることは喜び。嬉しい気持ちになる。自分が一番楽しくなれるのが、美味しいものを食べている瞬間なんです」。もっぱらの楽しみは、旅行に行って、その土地でしか食べられないものを、その場所で食べ尽くすこと。そのために、同社に「チャレンジ休日」という制度が役に立っているという。
「チャレンジ休日」は、年間11日付与される有給で、希望日に休みが取れる制度。年次有給休暇にプラスするなどして休みを固め取りできる。何かにチャレンジすることに使ってほしいとの願いからその名がある。大下さんは言う。「今年もそれをお盆に活用して、東京に行って東京でしか食べられないものを食べて帰ってきました」
広島で、好きを仕事に
あちこち旅をして、そこで食べて、改めて思うことがある。中国山地と瀬戸内海の間にある広島が、山の幸も海の幸も豊富な食の天国だということだ。「県外に行かなきゃできないことがあまりない。全て広島の中で完結できるのが広島のいいところ」。広島は過ごしやすい。住みやすいし暮らしやすい。山もあり、川もあり、海もあり、だから山の幸もあるし、海の幸もあるし、ちょっとした都会というか、中心部もしっかりあるし、あと、野球もありサッカーもあり、自転車がありバレーがありっていうスポーツもしっかりある。冬になったらスキーができるし、夏になったら海で泳げる。「広島ってすごくバランスがいいんですよね」

心掛けていることがある。「自分本位ですけど、自分自身がまず楽しむ。自分がやりたくないと思うことでも、それを楽しくしようみたいなマインドで。私が楽しいと、きっと周りの人も楽しくなるし、お客さんにもその楽しいが伝わるから」。好きなことを仕事にする、それがどんなに幸せなことか。大下さんの笑顔がそれを証明している。「それが体現できているなら、うれしいですよね」
「単に生活の手段としての仕事場を求めるのではなく、生きる手応えを求めている人にチャレンジとチャンスを提供できる会社」。川中社長は、自社をそう表現している。
